治安の悪さも何のその…ブラジル海軍がいれば怖いものなし


ブラジルは治安が悪いなんて、誰が言った。今なら怖いものなしだ。スリでも強盗でもなんでも来い。



夜道は危ないなんて、誰が言った。今なら怖いものなしだ。21時終了の試合でもスタジアム周辺の混乱でもなんでも来い。



親切なやつを信用するな、なんて誰が言った。観戦客でごった返す中で声をかけたマルセロは実に親切だったぞ。



俺はナタルのことなんて、これっぽっちも知らない。泊まっている宿は、どうやら海沿いのポンテネグラという地区らしい。それ以外は、全くわからない。



何せ、スタジアムに行くにも、宿の前に止まったバスに乗ったら何とか着いたようなもんだ。当然、道順なんて覚えてない。もちろん、地図も持っていない。行けば、何とかなる、そんなことは思っていなかったよ。帰りを思えば不安な気持ちでいっぱいさ。ポルトガル語はさっぱり、英語もからっきしだ。財布を見れば、18レアル。日本円で900円ぐらいか。試合前のカップラーメンとジュースが痛かった。これではタクシーには乗れないな。それでも戻らないわけにはいかないから、バスを待っている家族連れに聞いてみるか。



おお、お前もポンテネグラに戻るのか。そうだ、俺もポンテネグラに帰りたいんだ。だけど、宿の住所しかわからないんだ。何だ、来たバスに乗ればいいのか。途中まで一緒に行ってやるなんて、優しいな。



バス代は2レアルか、それなら出せるぞ。もう降りるのか、色々とありがとよ。何だって、俺も降りるのか。宿の場所はここじゃないことぐらいわかるぞ。おお、車で送ってくれるのか、優しいな。



ブラジル国旗を纏った愛車は、とてもクールだな。ところで、何も知らずに車に乗ったが、名前はマルセロというのか。セレソンの左サイドバックと一緒だな。小学生くらいの娘さんはフェルナンダちゃんか、いい名前だ。ごめん、奥さんの名前は発音が難しく覚えられないわ。



普段はソルジャー、しかも海軍か。それは心強い。今なら怖いものなしだ。スリでも強盗でもなんでも来い。こっちは、大船に乗ったつもりだ。何かあったら頼むぞ、マルセロ。開幕戦みたいなオウンゴールはだめだぞ。



おい、マルセロ。暗くて細い道に入ったけど大丈夫か。いや、大丈夫ならいいんだ。そんなに肩を怒らせるなよ。何、それはもとからなのか。さすが、海軍。あの、マンションがマルセロの家か。デカくてキレイなマンションだな。さすが、軍人。



おお、この道は宿の前の通りだ。そこだけは、覚えている。オブリガード、マルセロ。家族3人、いい笑顔だ。また、どこかで会おうな。



宿まで、100メートルぐらいか。道も暗いし、頼むからスリとか強盗は来ないでくれ。何、虎の威を借る狐? それは言っちゃだめだ。






【プロフィール】
小谷紘友(おたに・こうすけ)
1987年、千葉県生まれ。学生時代から筆を執り、この1年間は日本代表の密着取材を続けてきた。尊敬する人物は、アルゼンチンのユースホステルで偶然出会ったカメラマンの六川則夫氏。
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